中川晃教、柿澤勇人(敬称略)について ミュージカル「フランケンシュタイン」感想②

こんばんは、あさがおです。

 

フランケンシュタイン、終わってしまいました・・・。

幸せな2ヶ月間でした。

大千穐楽までに感想を書き上げようと思っていたにもかかわらず、筆が遅いために結局時間がかかってしまいました。

 

前回は、初演から再演に向けての個人的な思いについて書きました.

今回、どういう構成で書こうかと悩んだのですが、キャストごとに感想と、見どころを思うままに書いて行きましょう。

 

 

 

まずは中川晃教さん。あっきー。

最初にお断りしておきますが、私はあっきー大好きです。

あっきーが出ているというだけで、よく知らない演目も観に行きます。

フランケンの初演も、あっきーが主演ならと思い観たクチです。

その点、ご理解の上、読んでいただければと思います(少し辛口になるので)。

 

彼は言わずもがな、ミュージカル界のカリスマです。

天才的に歌が上手い。

 

ただ、今回の公演は、声が小さくて歌詞やセリフが聴き取れないところが多かった気がします。

あっきーは、もともとシンガーソングライターです。

なので、ミュージカルでも、どうしても「歌ってしまう」んですよね。

セリフにメロディーがついているというよりも、歌そのものというか。

それで、もしかしたら一曲の歌として聴かせるために、強弱をつけてしまうのかもしれない。

でも客としては、もちろん歌としても聴いているのですが、セリフでもあるわけなので、歌詞が明瞭に聴き取れないとビクターの心情やストーリーの流れがわからないんですよね。

初演では気にならなかったんですけどね。むしろ、どの曲も声量も迫力もある歌唱でした。

再演で余裕が生まれたせいなのかしら。

歌いながら体でリズムを取ってしまうのも、たまに気になりました。

セリフの一部だと考えると、リズムを取ったり、「歌を歌っている」という表情になるのがおかしく見えるんです。

 

あと、お芝居も独特というか、間が長い。

なので、掛け合いの場面が微妙な空気になることもありました。

たとえば、処刑前のアンリに面会に行く場面。

アンリの房に着いたのに、去って行く看守をずっと見ていて、なかなかアンリの方を向かないのでなんだか話が止まってしまっているように感じたり、アンリのセリフに対する反応までの間が長すぎたり。

あっきーの中ではきちんと気持ちの流れがあるのだと思いますが。

見ている方が予期するタイミングで会話が進まないので、違和感を感じることもありました。

 

割と全編通してフラットな印象でもありましたね。

カッキーのビクター(ジャックも)が感情爆発型なので、見比べると大人しく感じる時も。

まあそれは、Wキャストの醍醐味なので、二人とも爆発型よりも面白いのですが。

特にジャックの方は、あっきーはあれで良かったとホッとしました。

初演の時は、もうちょっとエキセントリックで、カッキーと差があまりなかった気がするのですが、なんだかあっきーのイメージとは違ったせいか痛々しく見えたものですから。

 

 

個人的には、あっきーにも、全曲、全力で、魂の叫びのように歌って欲しかったなあと思います。

 

 

ただ、私は、フランケンシュタインのような、新しく、ある意味冒険的な作品の初演、再演にあっきーが出演するということ自体に大きな意味があると思っています。

ミュージカルファンは、「中川晃教」が天才的に歌が上手く、カリスマ的なオーラを放つ舞台人だということを知っています。

だから、あっきーがキャスティングされていれば、

  多分良い作品なんだろう

  とりあえず、歌が大事な要素なはずだ

  (そしてその点に関しては心配無用なはずだ)

  何はともあれ、あっきーが出るなら良い作品に(彼が)するはずだ

という絶対的な安心感を与えてくれる方です。

客に受け入れられるか分からない、受け入れられない可能性も多分にある作品では、やっぱりそういったファンから信頼されている俳優をキャスティングしないといけないかなぁと思います。

特に、フランケンシュタインは、蓋を開けてみれば脚本も楽曲も素晴らしい作品なので、日本にこの作品を根付かせるためにも、あっきーの力は必須だったと思いますね。

 

だからこそ、今回の再演のあっきーは、もっともっと感動したかったなぁと残念になりました。

と言いつつ、ちゃんとあっきーの回も泣いたし、歌も感動したんですが、「本気の全力で歌ったら、もっともっと凄いはず」という気持ちは拭えませんでした。

 

 

 

 

さて、次は柿澤勇人さん。カッキー。

彼は、初演の時、正直ノーマークだったのですが、まあ、たまげました。

この世に、あっきーと同レベルに歌える人がいたのか、と。

歌に関しては、本当に全く遜色なかったし、カッキーの方が俳優なだけあってお芝居が細かかったから、私は実は初演の時も、総合的に見てカッキービクターの方が好きでした。

(あっきーが芝居より歌優先になってしまうのは、「モーツァルト!」の頃からなので。そしてそれがあっきーの役割でもあるので。)

ですから、今回の再演も、カッキーにはめちゃくちゃ期待していたのです。

 

東京、名古屋、大阪と観て、今は声を大にして言いたい。

 

柿澤勇人は日本ミュージカル界の宝だ と。

 

めちゃくちゃ上手いですよね、歌(褒め方が陳腐)。

芝居もめちゃくちゃ良いですよね(同上)。

あの、難易度の高い楽曲を、3時間弱、全力で歌い切るだけでも凄いのに、歌唱もちゃんと芝居になってる。

芝居の一部として歌っているので、表情とか動きとかが役の心情に沿った自然なものなんだけど、ちゃんと要所要所で魅せるんですよね。

例えば、「僕はなぜ」の歌い出し、客席に背中を見せている状態から振り返る時に、コートの裾を翻すのですが、めちゃくちゃカッコイイ。

たまにそういう芝居がかったことをするのが、楽曲の壮大さと相まってより劇的に見えるので、観ていて引き込まれるのだと思います。

センスが良いわ〜と思います。

 

また、フランケンシュタインは、オケがかなり荘厳というか、大袈裟ですが、カッキーの歌声は、声量でも迫力でもオケに負けません。

それが観ていて、聴いていて有難かった。

オケに歌が負けちゃうと、作り手の独りよがりな作品に見えちゃうんで。

胸が冷たくなるんですよね。

そういうことは一切なかった。

 

 

芝居に関しては、あれだけ精神的に追い詰められるビクターを演じながら、途中でなんともエキセントリックなジャックも演じるという・・・。

まずビクターからですが、カッキーのビクターは何であんなに可愛いのですかね。

エレン(姉)が亡くなった後の回想シーンとか、ジュリアが亡くなった後に怪物を見つけたシーンとか、泣き顔が赤ちゃんですね。

本当は赤ちゃんなんだなぁと思うと、1幕のビクターは自信満々だけど、まだ本当に打ちのめされたことがない、やっぱりお子様なのかなぁと思いました。

あっきーの方が実年齢が上だからか、まだ大人っぽいですね。

 

エレンから、「アンリが濡れ衣をかぶろうとしているのになぜ黙っているのか、アンリの首が欲しいのではないか」と責められた時、カッキービクターは割と図星な感じ(しかもあまり罪悪感なさそう)でしたが、あっきーはそういう気持ちがあることに内心気づいているものの、良くない事だと十分理解しているように見えました。

怪物が生まれた時も、カッキーはアンリの死をある意味利用してしまったのだということを忘れて、生命を創造できたことを単純に喜んでいるように見えました。

あっきーは、アンリが生き返ったことを喜んでいた感じ。

あっきービクターの方が、ほんの少しだけ分別がある気がします。

 

ジャックについては、あっきージャックは先ほども書いたように、大人しめ。

単に嫌な奴という感じですかね。

カッキーのジャックは、少し品がないというか卑猥というかなんというか・・・なので、賛否あるかもしれませんが、私はかなり癖になりました。

まあ、あっきーがかなりスタンダードな感じのジャックを演じてくれていたからでもあると思います(二人ともこんなだと、食傷気味になったかも)。

特に、「びくたーふらんけんちゅたいんの、じっけんにっしー!」とか「わーっ!こいつ完全に狂ってやがるー!!」とか好きでしたねww(ピンポイント)

あ、あと、頭のキレたヤバい奴かと思いきや、チューバヤと怪物の対決を見ながら「裏があるなきっと」と歌うところは、突然冷静で頼り甲斐のある男風?になるので、妙にカッコ良く感じたり。

 

 

ところで、楽曲に関してですが、ジャックのソロ曲「お前は怪物だ」も良いですね。

フランケンシュタインに捨て曲なしと思う所以です。

ああ、でもそこにプリンシパル全員2役の意味があるのかな。

別キャストだったら、ジャック、エヴァは主役級の方ではなく名脇役的な俳優になるかもしれませんよね(カトリーヌとジュリアの場合は逆かも)。

そうなると、ジャックとエヴァについては、客もどうしても脇役として見てしまうでしょうから、無意識に気を抜いてしまう可能性もあり。

楽曲全てを聴かせるための2役なのかもしれないなぁ。

ま、この点はまたゆっくり考察します。

 

 

そうそう、私がフランケンシュタインで最も好きな歌は、ビクターの「後悔」です。

ジュリアが怪物に殺された場面で歌われるこの歌。

    これ以上の痛みが この世にあるだろうか

で始まります。

ここ、あっきーよりもカッキーの方が、いつまでもジュリアに触れているんです。

ジュリアとの関係性についていえば、あっきービクターの方が愛情を感じるんです。

二人の場面は多くないけど、あっきーの醸し出す雰囲気から、普段の彼がちゃんとジュリアのことも考えているし、愛情表現もしていそうと感じました。

カッキーは、割とつれないというか、多分、うまく愛情表現できないんでしょうねという感じ。

余談ですが、ジュリアの「二人でいる時くらい、私を見て」というセリフもありますが、ここの音月桂ちゃん、あっきーとの時は「もう、私のことも見てよっ」と、明るめ可愛めなのに、カッキーとの時はしゅんとしてた気がします。

それが、「後悔」の場面で、カッキーがジュリアの手や顔や髪の毛に触れて、いつまでも離れないものだから・・・。

本当は誰より大事に思っていたんだと、胸が締め付けられる場面です。

それとは別に、この「後悔」という歌、ビクターの全てが詰まっている気がするので好きなんです。

サビだけ抜き出しますが、

    懺悔しても時は戻せない 許されない過ち

    神よこれが 宿命(さだめ)か

    一人の男が

    挑み驕り 迷いあがき

    最後に弱さを知るのが

 

    懺悔しても時は戻せない 誰が知るのだろうか

    僕が 

    挑み驕り 迷いあがき

    今はただ泣いてると

 

1幕からのビクターの人生が、走馬灯のように頭を駆け巡ります。

アンリと共に新しい世界を作ろうと、挑み続けたこと

生命を創造してやる、自分にはできる、創造主だと驕っていたこと

でも、生み出したのは怪物で、迷い苦しんだこと

そして最後に愛する人を全て失い、ただ泣いていること

 

原曲の歌詞がそうなのでしょうけど、本当に、訳詞の美しさよ!!!

ありがとう、森雪之丞さん!!

ただこの曲も、ただ美しい言葉を使っているというわけではなく

「懺悔」という耳障りの決して良くない単語が使われていたり、「驕り」「あがき」という、通常、人が自らの状況として直視し辛いことを、ビクターにストレートに歌わせている点が、非常に印象的です。

この曲を聴くためだけに通いたかったくらい(いや、全曲全力で耳を傾けていましたが)。

 

 

 

 

 

話を戻すと、あっきービクターは少し分別のある大人、カッキービクターは赤ちゃん、ということでした(?)。

あっきーもカッキーも、生命の創造という野望に取り憑かれて(そこには母親の死という原因もあるのですが)親友を怪物にしてしまう点では同じですが、あっきーの方が自分の行為の意味が分かってそうですね。

まあ、それが余計に辛いのですが。親友の死を利用しようとしていること、それは許されないことだということ、でも心の奥底では(アンリの首を)渇望していること、罪悪感と共に生命を創造したいという野望からアンリを生き返らせたこと・・・全ての矛盾する感情を、自らも理解しているように感じて辛いんです。

だからこそ、あっきーの結末は「罰」でもあり「償い」でもある。

「やっと贖罪ができる」という風に見えるので、とても悲しい最後だけど清々しくもあります。

カッキーに関しては、自分の行為の意味を本当には理解せずに怪物を作りだしてしまい、最終的に罰を受ける、その時に本当の意味で自分のしてしまったことの残酷さに気付いて心の底から後悔する、という構図に見えて、ただただ胸が痛みます。

 

 

どちらのビクターも素晴らしい。

ビクター役をここまでのものに仕上げられる俳優は、そう多くないでしょう。

あっきーのキャスティングは、先ほど述べたように必須だったかなと思いますが、

柿澤勇人氏をキャスティングしてくれたこと、また、カッキー自身がこんなに頑張ってくれたことに感謝です。

良い舞台を観られることは、ミュージカルファンにとって幸せの極みですから。

生まれてきて良かったとまで思いますからね。

 

 

 

 

思いのまま書きなぐってしまいました。

あとでまた修正したりすると思いますが、とりあえず今日はこのままアップしときます。

そして、他のキャストの方々については、また明日以降に。

 

では、また🍀